スプツニ子!

【インタビュー】スプツニ子!さんに聞く「あなたのターニングポイントは」Vol.1


―人には自分だけの物語がある―

誰しもが一度は考え、躊躇したことのある自己実現。自分の可能性を信じ、夢に向かって一歩を踏み出し、輝き続けている人の原点、そしてターニングポイントとはどのようなことなのでしょうか。
第1回はアーティストのスプツニ子!さん。彼女のストーリーに迫ります。

アートは自由実験の場 多様な好奇心が新しい発想を生み出す

アメリカの有名な工科大学や日本の大学で教鞭を取りながら、アーティストとして精力的に活動を行っているスプツニ子!さん。彼女は学生時代からテクノロジーによって変化していく人間のあり方や社会を反映させた映像や音楽作品を制作し、注目を集めています。

−−東京での展覧会『bionic by sputniko!』が好評に終わったばかりですね。ピンクの細胞のドレスがとても印象的でした。いつもコンセプトがとてもユニークですね。

『bionic by sputniko!』。これは、細胞、腫瘍、微生物などのマテリアルでファッションを作れるようになるとしたら?というテーマをもとに、今年の春から構想を練り始めたんです。身体拡張としてのファッションの未来を考えたり、洋服が細胞培養で作られる様子をインスタレーションで表現しました。会期中にもインスタレーションが常に増殖し続けて、オープン直後と終了間際では違う形態で見られるように計画したんですよ。

−−凄くダイナミックで、自由な発想だと感じました。スプツニ子!さんの発想力や追究力はどこから来るのでしょうか。

私はあんまり「こうあるべき」って考えにとらわれるより、「興味のあることに対して自由に考えて行動してみたら良いじゃない。手法が少し違って遠回りになっても、素直にやってみれば、世界にとって何かの気づきになるかもしれない」って思うことが多いですね。

これは作品とは全然関係ない話だけど、例えば日本だと、女の子はこう育つべき、こう振る舞うべきっていう考えは結構強いですよね。小さい頃から男の子用、女の子用の遊び方やオモチャの色がなんとなく分かれていたり……。好きなことを好きっていうよりも先に、あるべき姿というんでしょうか。こう振る舞うべきよねっていう暗示みたいなものがあって、そこに躊躇して好きって言いづらい風潮はあるかもしれないですね。

高校生時代 自分の世界観を表現するアーティストに憧れを抱く

−−アートの世界で生きていこうと思ったきっかけはありますか。
中高時代からアートが好きだったので美術館に通っていました。美術館では不可解なものが見られるのが、とにかく面白かったんです。当時は数学にも没頭していたんですが、高校の数学は大体ロジカルに考えれば答えが導き出せる。

でも、美術の世界はなんじゃこりゃ?みたいな作品があったりして、答えがよく分からないんです。それが学校の授業と全く違って刺激的でした。17歳になる頃には将来はアーティストになろうと漠然と夢を抱くようになりました。

−−数学とアーティストで揺れていたんでしょうか。

数学は一応得意だったけどアーティストになりたいという気持ちがあったんです。その時はアートとデザインの違いもよく分からない子どもだったのですが、表現者のクリエイティブな仕事にずっと憧れを持ち続けてました。

一つの世界観を作れるところが、かっこいいなって。高校2年のとき、レディオヘッドのコンサートへ行って感動したんです。彼らはそこに世界をつくっていて、会場のみんながそれに没入している。本当に楽しかったし、ああやって世界観がつくれる人はカッコイイなと思ったけど、どうすればそういう人になれるのか分からなくて……。

実際にクリエイティブの世界で生きていく原点になったのは、大学時代に40人の前でライブをしたことです。

40人のライブが原点 ひたすら挑戦し続けた結果、好きをカタチにすることができた

−−原点になった大学時代の40人のライブについてお聞かせいただけますか。

大学はロンドンに行ったのですが、アートや音楽を片っ端から吸収していました。ロンドンにはライブハウスがいっぱいあって、美術館も無料で見ることができました。私は数学を専攻していましたが、文系科目の履修が一つ義務付けられていたので、好きな音楽を選択しました。先生も素敵だったから頑張ろうって思って曲を作ったんです。

「チューインガムを食べるのが辞められない歌」や「ロンドンが曇っててイライラしちゃう歌」を自由気ままに作って友達に聞かせたら「いいじゃん!」と褒めてくれて……。それならばと、完全にジャイアンのリサイタルなんですけど、ライブをやってみようかなって思って、みんなを集めて歌ったんです。ちゃんと入場料も取って。

−−お客様は集まりましたか。

ノルマが40人だったので大変でしたが、なんとか集めることはできました。ちなみに、演奏はパソコン一台で、舞台上にいる生身の人間は私のみ。

ダサくて恥ずかしくて人様にお見せできないような服を着て、発散系のただうるさいだけの音楽だったんですが、でも実際に舞台に立ってみると本当に楽しくて、これだ!と思いました。とんでもなく下手だったけど皆に「わけがわからなくて面白いよ」と言ってもらえたことも、褒めてるのかそれって感じだけど、その後の自信に繋がりましたね。

この記念すべきライブが私の原点です。人前で表現するアーティストになりたいけど、どうすればいいのかずっと分からないでいました。だけど、作詞作曲をしてそれを褒めてもらった事で、ライブをしてみようかなという発想が生まれて次のステップへと繋がった。

想像力を膨らませながら、次へ駒を進めてみる。そして、また新しい音楽を作ってみて、今度はそれに映像を併せてみたりして。いろいろと挑戦し続けた結果、ちょっとづつだけど、なんとか好きをカタチにすることができてきて。

−−好きをカタチにするというのはなかなかやろうと思っていてもできない人が多い中で、実現されているのが素敵だと感じます。小さい頃から自己表現に長けていたのでしょうか。

そんなことはありません。子どもの頃から割と大人しくて引っ込み思案でした。私は日本人の父とイギリス人の母親のダブルとして生まれました。絵を描いたり、ぼぉっと物思いにふけり、色々なことを考えたりするのが好きな子でした。周りから見たら不思議な子だったのかもしれません。外見や話す言葉も違うし、いつの間にかいじめられっ子になっていたんです。

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