会社員は向かない!信頼、信用が大事なフリーランスとして生きる Web漫画家やしろあずきさん Vol.2


人気Web漫画家やしろあずきさん。ツイッターのフォロワー数はWeb漫画家の中でも圧倒的な数を誇ります。ライブドアブログでは月間500万PVを超える言わずとしれた人気クリエイターですが、もともとはゲームプランナーをされていたそうです。やしろさんのユニークな視点で描かれる漫画の原点はどのようなものでしょうか。今回はやしろさんのこれまでの生き方について迫ります。

>>「Web漫画家」やしあずきさん Vol.1 僕がWeb漫画家になった理由

–やしろさんの描く4コマのギャグ漫画は家族や友人、自身の中二病時代などフィクションを織り交ぜながら構成されています。個性の強い生き方をされてきたようですが、例えば中二病というのは具体的にどんなことだったのでしょうか?

中学2年生あたりの思春期に見られる妙な勘違いやカッコつけ、根拠はないけど強い思い込みなど、ですかね。広い範囲で言えば、先生に逆らってばかりいるヤンキーも中二病だと思っているんです。僕のケースでいえば、怪我もしてないのにドラッグストアで買った眼帯を黒く塗りつぶして装着し、学校に行く途中でヤンキーに見つかってビリビリに破かれるというのを経験したことがあります。なぜなのかはわかりませんが、首輪をはめて学校へ行ったこともありました(笑)。

–すごいご経験をされたのですね。

ええ。典型的なダメな人。考えてもみれば、幼稚園の頃から自由な子どもでした。好きなことを好き放題やってしまう無茶なタイプで、幼稚園から勝手に一人で帰ってきてはファミリーコンピューターでゲームをしていたんです。小学生の時は、年代的にもサッカー選手が憧れの職業なんて言われてた時代でしたが、ボールを追いかけるような子供ではなくて、ダンボールに乗って斜面から滑っていました。友達がいなかったというわけではなくて、自分と似た仲間と遊んでいました。ロボットになりきって撃ち合いをするなど、自分たちでルールを決めた独特な遊びをしていましたね。ひょっとすると、のちに開花することになったゲームなどの発案は、あのころ自然に養われていたのかもしれません。

中二病時代は、授業もサボりがちで……。とはいえ、部活動には参加していました。インドア派の僕は漫画『テニスの王子様』にまんまと感化されて、もはや自分は王子様なんじゃないかと思い込んでいて、それが功を奏したのか全国大会まで駒を進めました。

–意外なきっかけとタイミングで才能を発揮しましたね。

でも一回戦で負けてしまったので、その先の結果を残すことはできなかったんですけどね。それ以降はオンラインゲームにハマる日々をひたすら送って、オタクへと傾倒していった感じです。母が1ヵ月間入院することになった時に、これで学校に行かなくて済むとずっと部屋にこもってネトゲをしていたんですが、あとでそれを知った親がパソコンを窓から投げ捨てたなんていうエピソードもあります。

–まさに自由奔放な思春期を送っていたやしろさんですが、しかし大学生だった2011年に大きな転機が訪れました。ゲームの企画コンテストでいきなり2位を受賞されたそうですね。

はい。CEDECというゲーム開発者の技術交流会が、ペラコンというA4用紙1枚のコンセプトシートで競うコンテストを毎年開催しているのですが、それに当日飛び込みで参加をしたところ、1位がSEGAの方で、2位が何と僕でした。周りからは「運が強すぎる」だの「まぐれに決まってる」と言われたんですが、翌年も受賞することができましたし、それどころか2015年には殿堂入りまで果たしました。自慢できるような10代ではなかったけれど、ここで一つの結果を残すことができたことは、その後の自信へとつながったように思います。

2011年の初受賞がきっかけでゲームプランナーとしてうちで働かないかと、とある会社に声をかけてもらいました。ちょうど就活中でどうしようかなぁ、できれば働きたくないなぁとモヤモヤしていた時期でもあって、でもせっかく声がかかったのだから飛び込んでみようかなと、結局就活は一切せずに就職先が決まりました。でも3ヵ月で辞めてしまったんですよ。

–なぜですか?

会社員になってからもだらしがないところがあって、会社をサボるようになってしまったんです。というより、入社する前から実は悩んでいたんですよ。本当に会社員として規則正しく働くことができるんだろうかと。自分はどこにいれば居心地が良くて才能が発揮できるのか、当時はあいまいだったんでしょうね。ただ自覚としてあったのは、数字をいじるよりも物語を考える方が自分は向いているということ。考えている時間は楽しいし苦にもならないし何時間でも没頭できるし、得意だった。

入社して間もなく、とあるゲームのストーリーを任されたんです。それが高評価を得ることができて採用という運びになったんですけど、会社の都合で企画自体が流れてしまった。そこで社会とはこういうものかぁと思いつつ気持ちを入れ替えたんですが、「次のプロジェクトが決まるまで、新卒者は会社に朝早く来て掃除しろ」と社長に言われたんです。僕以外の新卒者は文句を言わずに従っていましたが、なんかそれ、違うだろと思ったのでサボりまくっていた。そしたら「なんでお前は掃除しないんだ?」「やりたくないからです」というやりとりを社長と繰り広げ、「だったらもう来なくていいよ」「ああ辞めてやるよ」という、割と地獄のような辞め方をしました。

「社会には向いていないが、才能はある」と認めてくれた師匠の存在

–しかしその後、大手ゲーム会社『SEGA』に再就職。向いていないと思った会社員に再度チャレンジしようと思ったのはどうしてなんでしょうか?

ゲームが好きだったから、というのが一番の理由としてあります。入社のきっかけとなったのは、ペラコンで僕が2位を取った時に1位だったSEGAの平尾さんから「お前は人としてはちょっとアレだし社会に適合しづらいけど、俺は天才だと思ってる」と、面と向かって言っていただいたことですかね。その人が僕の才能をすごく買ってくれていて、一緒にやらないかと声をかけてくれたんです。ゲーム業界というのはとても狭くて、前の職場の社長とのバトルも当然、SEGAの耳にも入ってました。だけど、そんな扱いが難しい僕を、「お前の企画は買えるものだから、ウチに来い」と迎え入れてくれた。これは期待に応えたいとその時に思いました。 

–プロからお墨付きをもらうというのは、大きな励みになりますね。

はい。平尾さんはSEGAを退職されて現在はカナダにお住まいなのですが、今でも交流は続いています。考え方もどこか僕と似ている部分があるので、話がとてもしやすいですし、彼には当時大変救われました。SEGA時代は上司に恵まれた環境でしたね。仕事は懲りずにサボりがちでしたが、「会社に頼らず、自分の力を磨きなさい。会社に自分の才能を預ける時代は終わったのだから」と、心に響く言葉もたくさんもらいました。僕にとっての平尾さんは、ビジネスモデルのような人物です。

–SEGAに入社したことで、人としてもひと皮剥けて成長できたという実感はありましたか?       

5年ほど在籍していましたが、どうでしょう(笑)。とはいえ、自分は会社員には向かない人間であることは間違いありません。朝しっかり起きて会社に行ける人は、一つの才能だと思っています。

さすがにフリーランスとなった今では相手に失礼がないよう、気持ち良く仕事ができるように心がけてはいます。学生時代は「人脈? なにそれ?」って感じで意識高すぎとバカにしてたんですが、こうしてフリーランスとして一人でやってみると人脈、あとは信用と信頼ですね。これらがめちゃくちゃ大事なことだということが理解できました。性格が良い人と悪い人、同程度の能力だったら性格が良い人が使われるのは当たり前なので、やはりそこはうまく人としてやっていける人間になろうと、日々自分に言い聞かせながら仕事と向き合っています。

会社員からフリーランスへ転身したことでストレスが解放

–会社員と漫画家、二足のわらじを履いていた時期が数年ありましたよね。完全にフリーランスへと転向したのは2年ほど前からと聞いていますが、なぜゲーム業界から漫画家へ?

月並みですが、子供の頃から絵を描くことが好きでした。小学校のクラス新聞では漫画のコーナーを任されたりしていて。だけどずっと描き続けていた訳ではなくて、小中高とゲーム三昧の生活を送っていましたが、大学生の頃にふと、また絵を描くようになったんです。明確な動機はないんですが、息抜きするためにペンを握っていたという感じだったと思います。それをツイッターに週に一度、上げてたんです。それがありがたいことに反響をいただき、現在に至ります。

–慣れ親しんだゲームの世界から離れることへの不安は、なかったのですか?

それは全く。僕にとっては会社員という響きが、やっぱりどうしてもしっくり来ないんです。会社員としての生活環境も、先ほどと話が被ってしまいますが絶対的に不向きなんですよ。こうしてプロの漫画家となり、朝も好きな時に起きることができるし、夜も翌日のことを考えずに遅くまで作業を続けることができる。その代わり休みはないですけれど、ストレス過多からは完全に脱しました。

もし今でも会社員をしていたらば、クソ人間のままだったと思うんです。漫画家は、なるべくしてなれたという自負もあります。ずっとフリーランスとしてやりたいという気持ちをどこかで強く持っていたというのもありますし、今はその思いが身を結んだ結果。会社員という重圧から解放されたことで、前向きにもなれて、また真面目に仕事に取り組むこともできる。今の自分が以前よりもクソ人間ではなく、至極まっとうなプロであるならば、それは自分が好きなように仕事ができているからだと思います。

>>埋もれた逸材たちを世の中に発信したい!Web漫画家やしろあずきさんが語る若き漫画家たちの動向

やしろあずき
1989年生まれ。自由業。株式会社wwwaap執行役員。元ソーシャルゲーム会社員で、2015年の投稿漫画が年間RT数4位の約13万RTを獲得し書籍化。動画サービス「vine」で再生数世界一位も記録。

 

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