子どもの小遣いもキャッシュレスなデンマークのキャッシュレス事情


現在、世界中で進行しているキャシュレス化の流れは、その国のあり方を変えようとしています。

中国ではキャッシュレス決済が中国型イノベーションの源泉となり、インドでも高額紙幣の廃止に伴って急速にキャッシュレス化が進行するなど、キャッシュレス化によって社会のあり方が様変わりし始めているのです。

そうした中、世界有数の福祉国家として名高いデンマークは、50年以上も前からキャッシュレス化に向けたデジタル推進の取り組みを始めています。その結果、今ではデンマークでの小売店における「現金支払い率」は2割程度にまで低下しました。

さらにキャッシュレス化の流れは、子どものお小遣いからホームレスの募金にまでいたり、ついには銀行ですら現金の取扱を停止し、その他銀行業務のサービス向上に取り組んでいると言うのですから驚きです。

子どもの小遣いですらキャッシュレスなデンマークでは、「現金お断り」が法律で認められている


デンマークでもっとも普及しているのが、個人間で気軽に送金ができるP2P送金サービス「Mobile Pay」です。

これは2013年にデンマークの大手銀行であるダンスケ銀行(Danske Bank)がスタートしたスマホ決済サービスなのですが、340万人ものユーザーを抱えており、デンマークの人口が560万人であることを考慮すれば突出した数字だと言えます。

デンマーク国立銀行によれば、店舗での支払いの約80%がMobile Payによって行われており、年間の決済回数は約2億回にものぼるようです。

興味深いことに、デンマークのキャッシュレス化の波は子ども達にまで押し寄せています。

デンマークでは7歳以上の子ども全員に対してデビットカードを発行しているのですが、デジタル化の進行により、現在では子どものお小遣いに「ロメペンゲ」と呼ばれるスマホアプリを使用しています。これは8歳〜14歳の子どもを対象としたもので、これも前述のダンスケ銀行によって開発されました。

同アプリは子どものアプリにお小遣いを送金した保護者が、子どもが1日あるいは1週間に決済できる金額を指定することもでき、子どもたちが自分のお小遣いや貯金をアプリ上でやりくりする過程を保護者が見守ることができる仕様となっています。

このように大人から子どもまで全世代で進行するキャッシュレス化。その流れに伴い、デンマークでは、レストラン、ガソリンスタンド、そして衣料品店などの小売店で、現金払いを拒否することを許可する法案が2016年に承認され、今後さらにキャッシュレス化の流れは加速することが予想されています。

キャッシュレス化の進行は、デンマークでは、ひったくり、空き巣、強盗などの現金を狙った犯罪の抑制に繋がっているようです。また、現在ではダンスケ銀行を始めとした大手銀行の大半が現金を取り扱わなくなったことから、銀行強盗の発生件数もここ数年間で1/400にまで激減しました。

デンマークが50年前からキャッシュレス化に着手していた理由


デンマークがキャッシュレス化を進める背景にあるのは、将来の少子高齢化社会やそれに伴う労働力不足を見据え、効率的な国家運営をするためだったのです。

デンマークは福祉国家としての社会福祉基盤を維持するために、金融分野を始めとしたあらゆる分野でデジタル化推進を行い、国民の納税状況をより正確に把握する取り組みをはじめました。

その起点となったのは、1968年から始まった国全体のデジタル化への舵取りです。

デンマークでは1960年〜70年代にかけて移民が増加したことにより、国民一人ひとりの状況を正確に把握・管理する目的で、銀行口座情報、社会保障に関する情報、医療記録などが紐づいたCPRナンバー(デンマーク版マイナンバー制度)が導入されました。

そこから1983年には北欧のカード会社ネッツ(Nets)がダンコート(Dankort)と呼ばれるデビットカードを導入したことで、80年代時点ですでに世界に先駆けて現金社会からカード社会へと移行が進んだのです。

80年代の時点ですでにキャッシュレス社会に移行したデンマークですから、「Mobile Pay」や「ロメペンゲ」といった新しいキャッシュレスシステムがスムーズに浸透したのも納得がいきます。

現金の取扱コストは、キャッシュレスの2倍!脱現金で労働力不足を解消できるかもしれない


福祉国家としての社会福祉基盤の安定を至上命題とするデンマークで、現金が嫌われる原因となっているのは、透明度が低いことに加え、現金の取扱コストが非常に高いからです。

「現金の取扱コスト」は普段の生活で意識する機会はほとんどありませんが、現金が生産から流通、使用、そして廃棄まで様々な段階を経ると、その過程で多大なコストが発生します。

例えば、現金を生産する段階ですら、紙、金属資源、化学薬品を仕入れ、さらに偽造防止のためのデザインや技術開発など多大なコストがかかるでしょう。

さらに、流通・使用の過程では、営業終了後に現金精算などの事務作業を行わなければならず、そうした作業にかかる労働力などを加味すれば、トータルの現金取扱コストは膨大なものになります。

実際、デンマークでは現金決済1回あたりのコストは約7.4クローナである一方、クレジットカードやデビットカードを使ったキャッシュレス決済では1回あたりのコストは約3.1クローナと半分以下に抑えることができるため、労働力不足の解消に繋がるのです。

「経済活動の透明化は怖くない」キャッシュレス社会のあり方は、経済活動の原点回帰


徹底したデジタル化とキャッシュレス化を推進することで国家運営の「透明性」を高めてきたわけですが、お金の流れを全て透明化するとなると、プライバシー保護の観点から難色を示す人もいるかもしれません。

しかし、この取引の透明化はお金の原点回帰とも言えるのです。お金の起源に関しては諸説あるものの、その中の一つに、ミクロネシアのヤップ島にある「フェイ」と呼ばれる、大きすぎて持ち運べないほど巨大な石がお金の起源だと考える学者もいます。

かつてその島の人々は、その石を物々交換の取引記録を刻む用途で使ったとされ、例えば「なまこ3匹とヤシ1個」といった具合に、島民の間で行われた経済活動が記されていました。

この石は、誰もが記録を刻んだり見ることができるものなので「誰が・どこで・何を買った」という情報は全員が共有することになり、互いが互いを監視しあって嘘をついたり誤魔化しが通用しないシステムになっていたのです。

これは現代のキャッシュレス決済と似ているかもしれません。現金は匿名性が高く、「誰が」「どこで」「何を購入した」という履歴が一切残らないため、汚職や不正貯蓄につながりがちですが、キャッシュレス決済はすべての経済行動の痕跡が残るため不正は起こりにくいでしょう。

デンマークでは国民のみならず、政府ですら「ガラス張りのオープン政治」と呼ばれるほど情報公開が進んでおり、デンマーク王室ですら1年間の収支報告書を新聞に掲載しなければならないほど経済活動の透明性が高いのです。

デンマークは福祉国家としての基盤を維持するため、所得税は所得の半分以上、消費税も25%と他に類を見ない納税負担を国民に課していますが、こうした税制度が成り立つのは、透明度が高い経済活動によって互いが信用しあっているからなのでしょう。

デンマークではホームレスもキャッシュレス社会の一員


ただしキャッシュレス化の流れにもデメリットは存在します。

同じく北欧のキャッシュレス大国スウェーデンでは、急速なキャッシュレス化よって現金使用率は約1%になったものの、キャッシュレス社会への移行スピードが早すぎたために、高齢者を始めとした社会的弱者にあたる人々が不利益を被るという問題が発生してしまいました。

もちろん、キャッシュレス化の弊害はデンマークも例外ではありませんでした。デンマークにはホームレスを支援する「フス・フォービ」という団体があり、同団体発行の『フス・フォービ』という新聞をホームレスが代理販売することで経済的支援を行なっています。

しかし、キャッシュレス化が進行したことで、現金を持ち歩く人が急激に減ってしまい、新聞を買いたくても買えないケースが増えました。

そこで立ち上がったのがダンスケ銀行です。ダンスケ銀行とフス・フォービスは、販売代金の受け取りと売上金の引き出し用に、ホームレス専用の「Mobile Pay番号」を発行しました。

通常、Mobile Payの発行には、デンマークの銀行口座を持っていることが条件で、さらに銀行口座開設には、住所や公的書類が必要となるため、ホームレスの人たちは実質的にMobile Payの利用が制限されていたのです。

しかしこれを機に、デンマークでは社会的弱者にあたる人々が取り残されないキャッシュレス社会の構築が議論されるようになりました。

少子高齢化と将来の労働力不足を見据えてキャッシュレス化を進めるデンマークの国家運営のあり方は、将来的に同じ課題を抱えるようになる日本を始めとした先進国も見習うべき点がたくさんあるのではないでしょうか。