「いま非常識なことも、時が経てば常識になる」 NECが行ってきた「非常識」とは?


「パーソナルコンピュータ」は日本のNECが創った

世界で初めて「パーソナルコンピュータ」と呼ばれるコンピュータが誕生したのは今を遡ること40年前、1979年の日本でのことです。

1979年は自動車電話サービスの開始やウォークマンの発売、インベーダーゲームの大流行に『機動戦士ガンダム』の放送開始と、その後の社会に大きな影響を与えた革新的なテクノロジーやサービスが次々と生まれた年でもありました。

当時の米国ではAppleやCommodore、Tandyが「Home Computer」と呼ばれる製品を次々と発表するなか、個人がコンピュータを所有するという概念すらなかった当時の日本で、NEC(旧 日本電気)は1979年に「パーソナルコンピュータ」という言葉を商標登録すると共にPC-8001を販売開始し大ヒット、パソコンが当たり前にある時代が到来したのです。

そんな歴史的な名機であるPC-8001の登場から40周年を記念し、NECパーソナルコンピュータ株式会社は2019年8月5日(月)に「PC-8001誕生40周年記者会見」を開催。記者会見の壇上、NECパーソナルコンピュータ代表取締役執行役員社長のデビット・ベネット氏は2つのNECらしい「非常識」を発表しました。

“最古”のパーソナルコンピュータが、手のひらサイズで現代に蘇る「非常識」

「PC-8001にはたくさんのソフトがつくられました。そのソフトを動かすことができたら楽しいですよね?そう考えて、PC-8001を復活させます」そう言ってベネット氏がポケットから取り出したのは、なんと手のひらサイズのPC-8001ミニ復刻版「PasocomMini PC-8001」でした。しかも本物そっくり!

ゲームソフトなどを手がけるハル研究所が今回の40周年記念に合わせ開発した本機は109.5mm×67mm×21mm(幅、奥行き、厚さ)と非常に小さいものの、色や形は本物のPC-8001にそっくり。付属するSDカードには「平安京エイリアン」や「走れ!スカイライン」を始めとした16種類のレトロゲームが収録されています。

PC-8001を単純に復活させるのではなく、本物そっくりなミニチュア筐体で復刻させたのは非常にNECらしい「非常識」な発表でした。

なおすでに一部で大変話題になっているこのミニ復刻版は残念ながら非売品とのこと。一般販売は予定されておらず、入手する方法は下記2通りのみとのことです。

1 500台限定のウェブ限定キャンペーン
今回の40周年を記念して特別販売される「LAVIE Pro Mobile40周年記念モデルPC-PM750NAA」を購入(同梱されている)

2 店頭キャンペーンでの抽選
店頭でNECノートパソコンLAVIEシリーズを購入し応募した方の中から抽選で2,000名にプレゼント(~2019/11/4迄)

懐かしさと最新スペックが共存する、特別版モバイルノートPC「PC-PM750NAA」の「非常識」


(出典:http://nec-lavie.jp/products/40th/?ipromoID=imgtop_Pro40th )

また、ベネット氏はPC-8001の登場からちょうど40年を記念した特別記念版モバイルノートPC「PC-PM750NAA」も発表しました。


(出典:http://nec-lavie.jp/products/40th/?ipromoID=imgtop_Pro40th )

メインメモリ8GB、ストレージ512GB SDD、バッテリー駆動時間約20時間、本体重量837gと最新の超軽量モデル「LAVIE Pro Mobile」シリーズのスペックを持ちながら、筐体にはPC-8001オマージュ特別カラーを採用、モニター画面下部には「NEC」旧デザインロゴが採用されるなど、まさにPC-8001を彷彿とさせる「懐かしさ」と「最新スペック」が共存した、NECにしか出来ないまさに「非常識」なモデルとなっています。

偉大な開発者3人による、「非常識から生まれた常識」とは

さらに今回の記者会見では、当時NECでPC事業の立ち上げ責任者として活躍し「NECパソコンの父」として有名な元NEC支配人の渡辺和也氏、渡辺氏のもとでPC-8001の開発リーダーを務めた後藤富雄氏、そして当時のパソコン開発に多大な貢献をしたアスキー創設者の西和彦氏という、錚々たるメンバーが特別ゲストとして登壇しPC-8001の誕生秘話を語りました。

渡辺 和也氏:「非常識は時がたてば常識になる。それはいつの時代も変わらない」


PC事業の立ち上げリーダーとして活躍した元NEC支配人の渡辺和也氏

最初に登壇したのは、当時NECでPC事業の立ち上げ責任者として活躍した渡辺和也氏。パーソナルコンピュータが発売に至るまでの数年間の「プロローグ」時代について、主に事業戦略的な側面から貴重なお話をされました。特に「オープンポリシー(技術情報の積極的な開示)」「サードパーティーとの共存共栄」「Bit-INNという新しい販売手法の確立」「当時12人しか社員のいなかったマイクロソフト製の基本ソフトの採用」という数々の「非常識」な判断について触れ、「非常識も時が経てばやがて常識になる。それはいつの時代も変わらない。いつの時代もこうやって時代は進化していく。これからの40年もその時代の非常識を常識とするように(NECには)頑張って頂きたい」と締めくくり、大きな拍手で会場を沸かせました。

後藤 富雄氏:「エンジニア界のジミ・ヘンドリックスでありボブ・ディラン」


PC-8001の開発リーダーの後藤富雄氏

続いて登壇したのは開発リーダーの後藤氏。PC-8001の前身となる開発キットTK-80(ティーケーハチマル)の開発から始まる当時の開発秘話を中心に、渡辺氏同様に当時の「非常識」であった「オープンポリシー」の重要性について改めて言及しました。

また後藤氏は、パーソナルコンピュータ開発の根底には当時の社会ムーブメントである「ウッドストック」や「ロックフェスティバル」と似た「自由を勝ち取る」というマインドがあり、「その実現に大きく貢献出来たのではないか」と語り、「後藤氏はエンジニア界のジミ・ヘンドリックスであり、ボブ・ディランのような人」と称賛を受けていました。

西 和彦氏:「40年前にヒットを打った我々はいまでも元気に未来をやっている」


PC-8001の企画・設計に参画した、アスキー創設者の西和彦氏

最後に登壇した西和彦氏は「TK-80にはとても感動した。空のソケットにBASICを入れようと思ったのがすべての始まりだった」と語り、当時まだ小さな企業であったマイクロソフトのBASICを採用することになった背景やビル・ゲイツとのやりとりなど、当時のさまざまな「非常識」な提案と出来事を振り返り、会場を沸かせました。

さらに、後藤氏と共に後身の育成やIoTで未来を作り出そうとしている現在の活動にも触れ、「40年前にヒットを打った我々は(今でも)元気に未来をやっている。NECにもインターナショナルなコラボレーションを続けていって欲しい」と締めくくりました。

「パーソナルコンピュータ」の開発から学ぶ「常識」のあやうさ

PC-8001が誕生するために必要だった要素は「オープンポリシー」「サードパーティーの出現と共栄共存」「新しい販売手法の確立」「当時まだ無名なマイクロソフトの選択」など、当時の感覚ではすべて「非常識」とされていたことだったと3人の天才は振り返り、その重要性を証明しています。

「常識」的な判断にゆだねる事で日々の生活が効率的になる反面、場合によってはその時に「非常識」と思っている事に取り組んでみることで価値観は意外とあっさり変わるのかもしれない、と考えてみるきっかけとなる、とても興味深い記者会見でした。