ヨシダナギ

【インタビュー】ヨシダナギさんに聞く「あなたのターニングポイントは」Vol.1


――人には、自分だけの物語がある――

人には数え切れないほどの可能性があります。
夜空に無数にある星の中でひときわ煌めく星のように、自分の可能性を信じ、夢に向かって一歩踏み出し、輝き続けている人の原点やターニングポイントはどのようなものなのでしょうか。
第3回はヨシダナギさん。彼女の物語とは?

アフリカに対する凝り固まった概念をなんとか覆したい


©nagi yoshida

アフリカの僻地へ単身赴き、少数民族を撮影する写真家として耳目を集めるヨシダナギさん。その土地でひっそり息づく美しい伝統や、原住民らが持つ「誇り」に着目し、独自のアプローチで世の中を驚かせています。

——写真展『HEROS 2017』が全国各地で開催され、好評を得ていますね。どの作品もとても奇跡的に麗しく、この世のものとは思えない魅力に圧倒されました。

ありがとうございます。お陰さまで、沢山の来場者の方々から嬉しいお言葉をいただいています。本展では、今年3月に撮影をした新作、アフリカ・ニジェールのポロロ族をはじめ、ポリネシア諸島・パプアニューギニアのカラム族、エチオピアのスリ族やアファール族などの作品を40点ほど発表しています。彼らの集落へ辿り着くまで、街から車でも数日を要しますし、すべてが順調に進むわけもなく、現地では弱音を吐きそうになったこともありましたが、こうして力強く生きる彼らの姿を自分のカメラを通して多くの方に見てもらう機会を設けて頂いたことに、ただただ感謝しています。

彼らの美しさは、その佇まいにあると思います。研ぎ澄まされたフォルムはもちろんのことですが、レンズを見据える力のこもった目つきと、その生き様に誇りを持っているからこそ滲み出る威厳に、ものすごく強い神々しさを感じてます。私はこれまで何度もアフリカへ足を運んでいますが、彼らの堂々たる生き方には毎回驚かされています。

——アフリカへは一人で行かれる事が多いそうですね。辺境の地へと向かい、苦労も厭わず、彼らを写真に収める意欲はどこから沸いてくるのですか?

まず、日本人の凝り固まったアフリカに対する概念を覆したいという気持ちがあります。アフリカといえば貧困、容赦なく照りつける太陽、水不足、砂漠、そして野生動物などを連想しますが、しかしアフリカといっても53カ国の国々があって、それぞれの生活や文化も違えば、言語や宗教も異なります。要するに、一言二言では言い尽くせない世界がそこには広がっています。

その、広大なアフリカ大陸の辺境には、伝統を守り続けている少数民族が住んでいます。彼らはとてもよく笑って、人間が本来あるべき姿をそのまま残しているかのような心の清らかさを持ち合わせています。その生き方というかスタンスに魅了されまして、このかっこよさを世間に伝えなければならないと思い立ったんです。こうして今はフォトグラファーとして認知されたことで、より彼らの真の姿を伝えることができる役目が私に巡ってきたのだと実感しています。

でも、これだけ夢中で大好きなアフリカですが、とても不思議なんですよ。あっちに住みたいかと聞かれれば、正直ないかなと。なぜかといえば、日本で生まれ育った私にはやはり厳しい生活環境だと思うんです。それに順応できるイメージも湧きませんし、たまに会いに行くぐらいの方が、ずっと好きでいられると思うんです。

少数民族との交流で、暗かった自分が生まれ変わった

——TBS系列で放送されている『クレイジージャーニー』に出演されたことで、ヨシダさんの活動が世に広まり、知名度も確実なものとなりました。アフリカという印象がどうしても強いのですが、途上国にも興味があるそうですね。

はい。実は2014年の夏にインドを訪れました。目的は少数民族に会うことでしたが、その道すがら、一人のサドゥーと出会って「弟子入りしないか?」と誘われたんです。どんな生活を送っているのか興味が沸いたので、しばらくお世話になることに……。

サドゥーというのは、世俗を捨てた人たちの総称。インドの神様であるシヴァが宿るとも言われている苦行僧で、見た目は仙人そのものです。怪しくないといえば嘘になりますが、自分の生きる道は「これだ!」と決めた彼の目には揺るぎない力強さがあって、そこがとても素敵でしたし、羨ましく思いました。

それからもう一つ、今年の7月に念願だったブラジルのアマゾンへ行ってきました。1975年に初めて外部と接触したエナウェネ・ナウェという、舌を噛みそうな名称の少数民族と会うことができて、とても大きな収穫がありました。最初はなかなか村の女性たちが心を開いてくれず、どうすれば仲良くなれるかと考えて、「そうだ、同じかっこうになればいいんだ」と、思い切って裸になっちゃいました。

少数民族と交流を始めてからというもの、私の性格はガラリと変わったなとつくづく思います。昔の自分はすごく暗かったんですよ。今もそれほど明るいとはいえませんけれど、でも現地の民族と打ち解けるための手段として裸になるというこの度胸は、昔の自分では考えられないことです。どうしてもやりたいこと、こうなりたいというヴィジョンが明確だと、人というものは大胆になれるのかもしれません。こちらが心を開けば、あちらも開いてくれる。そうすることで、自分の信念が相手にも伝わり、仲良くなれるんです。

フォトグラファーという職業は、アフリカ人からの贈り物

——沢山の渡航歴をお持ちですね。海外への旅行経験がフォトグラファーを志すきっかけになったのでしょうか?

お恥ずかしい話なんですが、自分でもよくわからないんです。そもそも、旅行先であれもこれもとシャッターを押すのではなくて、目に焼きつける方に重きを置くタイプでしたし、カメラの知識もほんの数年前までは皆無でした。フォトグラファーになろうと決めた瞬間は、記憶する中では多分ありません。

ただ、アフリカ旅行で撮影したものがのちにみなさんの目に触れて、「すごいかっこいい!」と言ってもらえたことが、「あれ?私、プロなのかな?」と気づかされた瞬間だったのかもしれません。そう言った意味では、私はアフリカ人からこの職業をもらったことになりますね。

初めての海外は20歳の頃で、行き先はタイ。山岳部の少数民族に会いに行くのが目的でした。山岳部というと、ものすごい山奥を想像しがちですが、繁華街からトゥクトゥクに揺られること30分で、動物園のような入り口に到着。くぐった先にカレン村があり、首長族が生活していました。あの、首に輪っかを何重にもつけている、世界的に有名なカレン族です。人生初の少数民族との対面だったので行く前はワクワクしていたのですが、実際はがっかりするほど商業的で、稀少性は一つも感じられませんでした。一緒に行っていた友達が観光客用の首リングをつけてみなさいと促され、はめてみたらすっぽりと収まってしまって……。

以降はその時のトラウマを払拭すべく、ベトナム、カンボジア、フィリピンなどのアジア圏をくまなく回りましたが、期待していた刺激を得ることはできませんでした。多分、アフリカの少数民族に対する想像力が子供の頃から豊かだったので、物足りなさを感じてしまったんだと思います。

VOL.2ではヨシダナギさんの原点とターニングポイントに迫ります。鮮やかな写真の裏に隠された想いとはどのようなものなのでしょうか。

 

ヨシダナギ
1986年生まれ。独学で写真を学び、2009年に単身でアフリカへ。以降、そのキャラクターやアフリカの魅力を捉えた作品の数々に多くの支持が集まる。講演会やコラム寄稿などの活動も積極的に行っている。最近ハマっているのは“酵素浴”。2017年日経ビジネス誌で「次代を創る100人」に選出される。また同年、講談社出版文化賞 写真賞を受賞。
著書に『SURI COLLECTION』(いろは出版)、紀行本の『ヨシダ、裸でアフリカをゆく』(扶桑社)がある。2018年4月、ベスト写真集『HEROES』 発売予定。

(聞き手:永原 由香子 撮影:髙橋 明宏)