ひとつひとつ誠実に、好きなことを形に!内沼晋太郎さんの「ターニングポイント」vol.3


クライアントのアイデンティティは、本棚で表現する

――センスの良さと仕事ぶりが評価されるようになってから、次々と仕事が舞い込んできたと思うのですが、売り場作りを任されたり、選書をする上でのこだわりはありますか。

そこになぜ本が求められているのかを考え、それを形にすることです。まず、クライアントの担当者や、そこで働くことになる人、可能であればお客様などの話を聞くことからはじめます。そのうえで、あるべき形を提案します。具体的な選書をするのは一番最後で、その手前のプロセスのほうが長いです。

たとえば友達の家の本棚を見ると、その人が関心を持っていることがわかってしまいます、それと同じで、売り場でもオフィスでも、そこにどんな本が置かれているかによって、こういう店なんだ、こういう会社なんだ、という印象が伝わります。本棚は、ブランドのアイデンティティをわかりやすく伝えるためのツールとしてとても優れているんです。そのことに気づいてからは、自分の仕事について説明がしやすくなりました。

従来のアパレルブランドであれば、店のコンセプトはヒップスターですと決めても、商品以外に手を付けられるのは内装や音楽くらいで、それだけで世界観をつくるのはなかなか大変です。けれどそこに本棚があれば、その本のタイトルや、書かれた内容とブランドの思想との繋がりを可視化できる。企業のオフィスでも、受付付近にひとつ本棚があって、そこに意識して本を並べるだけで、その会社がどういう理念を掲げているのか、どういう社員がいるのか、どういう事業を手掛けていてどういう未来像を描いているのか、といったことを端的に示すことができます。

小さな仕事でも、結果を残せば名前も残る

――駆け出しの頃は、アルバイトをたくさんされていたとおっしゃっていましたが、好きなことを形にして対価を得る難しさを感じたことはありますか。


もちろん、あります。大前提として、相手に価値をもたらしてはじめて対価を得られるので、自分が好きなだけではだめなんですね。とくに本の仕事の場合は「自分が読んで好きだと思った本をみんなに読んでほしい」というモチベーションでは仕事になりにくい。僕の場合はそうではなくて「本というものをみんなに読んでほしい」と思っている。どういう本を扱うのが価値になるかは、場所によっても目的によっても、相手によっても違うわけですから。本というもの全体が好き、というスタンスで働ける人でないと、本の仕事をするのは結構つらいのではないかと思います。

好きな仕事で食べていきたいのであれば、とにかくひとつずつ、経験を積み重ねていくしかないでしょうね。お金を稼げない時期はつらいですが、お金をもらわなければ、失敗を恐れることもない。ビジネスでやっている人にはできないような大胆なこともできるという意味で、可能性は大きいです。妄想しているだけではだめで、まずやってみるのが大事。やってみて初めて、勉強になります。また、その間にいろんなアルバイトをしたことも、今となっては、むしろよかったと感じています。何一つ無駄なことはないので、いろんな経験をしてみるのが良いと思います。

そもそも、「ただの物好き」からスタートしている訳ですから、はじめから大きなものを得ようとするのは欲張りすぎます。まずは、人に見せる機会を何度も作っていくしかないですね。小さな仕事でも結果を残せば、名前も覚えてもらえる。名前を覚えてもらえれば、いつかそれがどこか思いがけないところから戻ってくる。とはいえ、きっとそんなにうまくいくことばかりではなくて、あとは運です。少なくとも僕の場合は、そうやって少しずつ仕事になっていきました。

他分野の情報でも吸収することで、信頼関係が築ける

――大きな仕事を繋げていくためには、どのようなことをすればよいのでしょうか。

ひとつひとつ、誠実にやっていくしかないですよね。少し遡りますが、僕が本を好きになったきっかけは、中学1年生の時に知り合った友達の影響でした。高校生までは小説ばかりを読んでいました。大学に入ってからは少し、幅広いジャンルの本に手を伸ばすようになりました。これって、どこにでもいる普通の本好きの学生ですよね。こういう仕事をしていると、どんな本でも読んでいると思われがちですが、さすがに時間的な限界があります。

もちろん、人よりは読んでいるほうだとは思いますが、長く生きてる人には敵いませんから、お客さまの方が詳しいということもよくあります。知らないことは勉強しながら、ひとつの仕事をきちんとやれば、また次の仕事がやってくる。そういうふうに繋がっていくことしかないのではないかと思います。

先ほどもお話した通り、ある時期までの僕は社会的にはいわばフリーターとフリーランスの中間をさまよっているような感じで、貧乏でした。たとえば大学の同級生とは、そのときは住む世界が違いすぎて、会いづらかったです。けれど、たとえばテレアポのバイトって時間の融通が利くから、いろんな人がいるんですよ。主婦はもちろん、劇団をやっている人、ミュージシャンを目指している人、写真家や画家をやっている人など、他にも何かしている人が多かったわけです。自分もその時、本のことがメインではありましたが、学生の頃からの友達がやっている活動をいろいろ手伝ったりもしていました。そうやっていろんな年齢の、いろんな分野の人と付き合うことは、自分の視野を広げてくれました。

今は逆に、大学時代の同級生も全然違う仕事をしているので、話していたことが後で役に立つことが多いですね。読書でもそうで、一見自分とは関係ない分野の本からのほうが、新しいアイデアが浮かぶというようなことがよくあります。基本的にはひとつのところを掘っているんだけれど、その途中でたくさん回り道をしたり遠くへ行ったりしています。自分が未経験で知らないことだらけの大仕事のときはとくに、そういう日々の積み重ねが、効いている感覚はあります。

――積極的に間口を広げることが、大事なんですね。

僕はそう思います。あとはやっぱり身も蓋もないですが、運ですね。大学生の頃に習っていた編集者の後藤繁雄さんから聞いた話ですが、昔、リクルートの就職説明会の会場では、集まった学生にまず最初に「自分は運がいいと思う人」と言って手を上げさせたそうなんです。そこで手をあげなかった学生には「帰っていいよ」と言う。残酷なようですが、これはよくできた「ふるい」だなと思いました。自分は運がいいと思っている人が集まるほうが、会社もいいほうに向かいやすいですよね。

僕もずっと「自分は運がいい」と思いながら生きてきたような気がします。もちろん努力もそれなりにしてきたと思いますが、転機というようなときは、努力だけではどうにもならないことのほうが多かった。だいぶ偶然に助けられて、ここまで生きて来れた気がします。後ろを向いていても仕方がないのでとにかく前を向いて、やってみて、あとは流れに任せるんです。そういうふうにやってきた結果、少なくとも今は楽しいですね。

 

内沼 晋太郎
1980年生まれ。一橋大学商学部卒。NUMABOOKS代表。自社で新刊書店「本屋B&B」と出版社「NUMABOOKS」を経営しながら、八戸市の公共施設「八戸ブックセンター」、神保町の本と人との交流拠点「神保町ブックセンター」、横浜みなとみらいの造船ドック跡地のシェアスペース「BUKATSUDO」、本のある生活を楽しむためのブランド「BIBLIOPHILIC」などに携わる。株式会社バリューブックス社外取締役。近著に『本の未来を探す旅 ソウル』、『本の逆襲』。

(聞き手 永原 由香子 撮影 髙橋 明宏)

 

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