パラリンピックメダリストの枠を超えて輝く上原大祐さんの「ターニングポイント」vol.3


障がい者の目線を起点にすると、自ずとビジネスが生まれる

──思い立ったら即行動というバイタリティーに感銘を受けております。実際に、コラボが実現して現在進行中のプロジェクトはありますか?

これも山ほどあるんです。例えば、石川県の中能登町の町役場で進行中の『障がい攻略課』がその一つ。「モノ」「コト」「人」「町」の攻略をしようという計画で、クリエイト×インクルーシブデザインというのがコンセプトです。たとえば車椅子でできる滝行などを提案しています。今、障がい者関連の事業というと福祉に寄ってしまうんですよ。でも、これは障がいを攻略しようというゲーム的な感覚で活動しているプロジェクトなんです。その象徴がこのロゴです。

ポップでカワイイでしょ。この企画は、全盲の息子さんを持つ澤田智洋さんとの
出逢いによって楽しく発展しました。世界ゆるスポーツ協会代表としてメディアでも紹介されている人で、最近では義足女性のファッションショー「切断ヴィーナスショー」プロデューサーとしても注目を浴びています。

──障がいを攻略するために、楽しくて斬新なアイディアを持ち寄っているのですね。

そうです。この中能登というのは織物の町なんです。そこで、繊維業や伝統文化を障がいで掛け算することによって、産業が発展させようという試みを実践しています。最初に生まれた商品は車椅子ユーザーでも楽に着られる着物です。上下がセパレートになっているので、障がい者だけではなく、健常者で着物の着付けができないという人にも向いていますし、海外の方にも楽しんでもらえるんです。海外の方に興味を持ってもらうことで、インバウンドの面でもいい影響が生まれます。

つまり障がい者を起点にすると、新しい観点のビジネスが生まれるんです。根拠としては、障がい者の周りには課題が溢れているため。課題を解決することがビジネスになり、それが誰も着手していない分野だった場合は、世の中を変えることにもつながります。とてもやりがいがありますよね。

今、日本では4,000万人がバリアフリーを必要としています。それにも関わらず、障がい者をターゲットにするとニッチだと思われていて、進出する企業が少ないんです。私に言わせれば、ニッチどころかビック。実際、ライター、カーディガン、ストローなどは障がい者向けに開発された商品が発祥なんです。

車椅子ユーザー用のスーツも開発!なぜできない?からどうやったらできる?への発想転換

──上原さんが開発した商品は、着物の他にもありますか?

今着ているこのスーツです。これはスーツメーカーの花菱縫製株式会社さんとの共同開発で生まれた車椅子ユーザー用のスーツなんですよ。普通のスーツは車椅子に座った時に、どうしても襟がたるんで、かっこ悪いんです。そこで、いたるところに工夫を凝らして座っている姿がいかにかっこよく見えるのかを追求しました。

実は他社でも同じような企画がもちあがっているらしいのですが、2年以上費やしても完成形に至っていないそうです。その理由は、障がい者の「あそこが悪いから使いづらい」や「袖が擦り切れるからダメ」というクレームを参考にしているせいなんです。

しかし、私はクレームの代わりに「ここに当て布をしたらオシャレにも見えるし、袖の補強にもなりますよね」という提案をしました。「でも、私自身は技術面にことはわからないので、そこはお任せします」と話し、お互いに意見をすりあわせたことで、理想の商品が完成しましたし、その上、スピードアップも叶ったんです。大切なことは「なぜできないの?」というネガティブな発想を捨てて「どうしたらできるだろう」という積極的な課題に変えていくこと。勿論、これはビジネス全般に当てはまる話です。

マイナスはすべてプラスに変える。意識するのは「MDE」

──やはり、メダリストでいらっしゃるので常に1番を狙って様々なアイディアをお持ちなんですね。

いえいえ。1位を狙うのはスポーツだけですね。全てにおいて順位にこだわる必要はないと思っています。課題を見つけてひとつひとつ解決していくことで、私自身のミッションクリアだと考えていますので。ただ、根は負けず嫌いですからクリアするまでは続けますけどね。

──常にトップにこだわるより、自分なりのミッションをクリアすることが大事な場面もあるということですね?それよりPDCAサイクルを続けていく方が大事だということでしょうか?

そうです。例えばシュートが入らないことが挫折だと思って立ち止まってしまう人もいると思うのですが、私はそんなときほどかっこいいプレイヤーを見つけて、マネをしていました。そして、マネができたら今度は自分スタイルに編集するんですよ。

私は身体が小さいので、体格のいい選手と同じプレイをしていても勝てないんです。ということは、小さいなりに真似をするというのはどうすればいいんだろうと考えていくんです。そして、最終的に、試合ではそのアレンジをしたことを活かします。ですから、PDCAというより、私の場合はマネするのM→するのDo→編集するのEditingだから「MDE」ですね。この時、最終的なゴール地点が見えていなくてもいいんです。自分の課題を合わせて編集することの方が重要。ビジネスでも、やってることは同じなんです。

──できないからと諦めて自分で自分の限界を作るのではなく、発想を変えることで、より楽しく自分を攻略していくとうことですね?

はい。マイナスって最高のプラスになるんですよ。皆さんからみれば、障がいを持っている私はマイナスだと感じると思うんです。でも、私はそうは思いません。皆さんが持っていないアイディアをどんどんだして、よりビジネスの幅を広げているんですから。たしかに、体は動く方がベストです。

でも、みなさんと違った視点で勝負をかけられるという点では良かったとも思っているんです。これをスポーツに例えるなら、スピードを出せる人はスピードを使った勝負をかけられますし、ハンドリングが上手い人はハンドリングで勝負をかければ有利になるということ。いろんな選手がいるように、私は、足が動かないなりの勝負がかけられるということです。

WIN WIN WINとWINが3つ以上生まれるプロジェクトをやり続けたい

──現状に優劣をつける必要はなく、ただスタートの条件が違うということですね。さて、他にもいろんなアイディアをお持ちだと思います。最後に、今後、新たに仕掛けていきたいプロジェクトを教えて下さい。

山ほどありますよ。ひとつは2020年東京オリンピック・パラリンピックのオープニングセレモニーでダブルダッチを披露したいので今、練習を重ねています。2つめは、長野県で行っている畑の開墾と古民家再生を発展させて、精神障がいや知的障がいを持つ人を雇用できる場所を作りたいということ。

他にも、障がいを持つ親のサポート、「オヤポート」も進めていく予定ですし、病院と連携して、子どもたちがベッドの上でできるスポーツを考案中です。壊れた車椅子をメンテナンスする装具技師の学校の生徒にやって貰って、未来のパラリンピックのメカニックを育てていきたいとも思っています。話すときりがないですね。

今、同時進行しているプロジェクト20件ほどあるんです。そうやっていろんなところにお邪魔することで、「車椅子でもできるでしょ?」と分かって欲しいからなんです。私が身をもって実践することで、車椅子ユーザーが活躍できる場所、企業、施設を増やして、障がいを持つ子どもたちの可能性をひろげていきたい。それが今の私の一番の願いです。

パワフルで明るく、野心家でありながらも笑顔はそよ風のように爽やか。今がとても充実していると笑う上原さんは、その凛としたお姿から自信をみなぎらせていました。

そんな上原さんは、今、連日のように学校や企業で、障がい者の理解を深めるための講演会を行うとともにビジネスパーソンに向けたセミナーも精力的に開催しています。最後に「お疲れになりませんか?」と伺うと、

「私、WINWINの関係ってイヤなんですよ。WINWINWINとWINが3つ以上生まれないプロジェクトはやりたくないんです。そのためにいろんな人と話す機会を設けているのですが、それが楽しくて、私にとって何よりの休息なんです」

と、聞かせてくださいました。「物事の視点を変えることで、誰もが限界を超えることが出来る。さらに人とのコミュニケーションによって新しいビジネスが生まれ、世の中を変えるとも夢ではない」と上原さんに教えていただいたように思います。

(聞き手:浅水 美保 撮影:髙橋 明宏)

上原 大祐
1981年、長野県生まれ。生まれながらに二分脊椎という障害を持つ。19歳からパラアイスホッケーに本格的に取り組み、トリノ2006冬季パラリンピックで日本代表に選出される。バンクーバー2010冬季パラリンピックの銀メダリスト。
2017年に現役復帰し、日本代表選手として、平昌2018冬季パラリンピック出場を果たす。

 

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