企業勤めを経て教育者へ「できる人の共通点」の作者が語るターニングポイント 獨協大学准教授 陰山孔貴先生 Vol.1


個人の信用がモノをいう時代になってきました。そして、信用を集める人は「できる人」だと言われます。そんな中、『できる人の共通点』の作者である陰山孔貴先生(獨協大学准教授)にお話を伺う機会を得ることができました。陰山先生のこれまでの生き方をお聞きするとともに、『できる人の共通点』の出版経緯や今後の展望についてお聞きしました。

陰山 孔貴
獨協大学経済学部経営学科准教授。博士(経営学)。
1977年大阪府豊中市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修士課程を修了後、シャープ株式会社に入社。
液晶パネル事業の経営管理、白物家電の商品企画、経営再建等に携わる。
同社勤務の傍ら、神戸大学大学院経営学研究科専門職学位課程、同博士後期課程を修了。
獨協大学経済学部経営学科専任講師を経て2017年より現職。
2018年より早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター技術経営研究部会招聘研究員、2019年よりBarowsky School of Business – Dominican University of California客員研究員も務める。
主な著書に『脱コモディティ化を実現する価値づくりー競合企業による共創メカニズムー』(中央経済社)、『ビジネスマンに経営学が必要な理由』(クロスメディア・パブリッシング)、『できる人の共通点』(ダイヤモンド社)がある。

 

経営者の祖父・父の背中を見て育つ

――本日はどうぞよろしくお願いいたします。現在獨協大学で教鞭を執っていらっしゃる陰山先生ですが、どのようなご家族のもと、お育ちになられたのでしょうか?

はい。私は大阪の生まれですが、祖父や父は会社の経営をしていました。そのため、幼少時から祖父や父のそばで、経営者がどのような生き方や考え方をしているのかを見ることができました。特に心に残っている思い出としては、小さい頃、祖父と月に1度は一緒に理髪店に行っていたのですが、その時間に会社経営とはどのようなものかを聞いたりしていたことです。たとえば、経営する上で職場を整理整頓することがいかに大切であるとか、簡単な経理のことやお金についても教えてくれました。

――大学は早稲田大学に進学されたそうですね?

そうですね。将来、稼業を継ぐ可能性があったので、理系の人たちが言っていることを理解できるようにはなりたいと思い、理工学部を選択しました。幸運なことに私が大学院で選んだ研究室は出来たばかりの研究室で、一期生ということもあり先生から直接多くのご指導を頂くことができました。実験内容から考察に至るまで、先生から指導を受け、研究に集中しました。本当に寝る間も惜しんで研究していた記憶がありますね。この経験を通して、追求する・やり切ることを学んだと思います。今でも同期たちとかつての日々を振り返ってお酒を交わすこともあります。

大学卒業後は、大手企業のシャープへ

――大学院卒業後はシャープに入社したとお聞きしています。入社の動機をご教示いただけますか?

シャープは生まれ育った大阪に本社があるので良いなと思いました。また、シャープは製造業ですから、家業とも繋がる面がありました。さらには、経営数字のことを学びたくて経営管理の仕事を希望したのですが、シャープは理系の私を経理部入社で受け入れてくれました。そのふところの深さにも惹かれました。はじめての配属先は三重県にある液晶パネル工場でした。ちょうど液晶パネル事業が急拡大していた時期でしたので、とても忙しく、世界に向け液晶パネルを供給していました。
実際の勤務は楽しかったです。工場ではものづくりの製造過程が分かりました。仲間たちと日々のコミュニケーションの中でたくさんのアイディアも得ることができました。

――その後、商品企画部に異動したそうですね。

その経緯をお伝えしますと、私はある時「社内公募」に応募することに決めました、色々なことに興味を持ちやすい性分であることもあり、チャレンジしたいと思ったのです。また、シャープは商品企画力にも定評がありましたので、それも学びたいと思ったのです。

社内公募に通って、商品企画部に異動することが決まりました。そこで、ヒット商品となった「ヘルシオ」の開発に携わりました。私もメンバーの1人として働きました。面白い日々でした。

――その後、本社の経営企画室に異動することになるそうですね。

ちょうどシャープが経営危機に陥った時に異動することになりました。とても大変な時期でしたが、ここでも大きな学びがありました。やりたくとも経営再建に携わる経験はなかなかできないでしょうから、そういう意味でも貴重な経験でした。ただ、もう一度やりたいかと言えばあまりそう思いません。

――それはなぜでしょうか。

新しいことをやりたいからです。世の中では次々と新しいことが起こっています。ビジネスの世界、特に私の専門であるテクノロジー・マネジメントの分野ではその変化が激しいです。新しいものが次々に生み出されます。よりそういうことに携わりたいと思って、35歳になった時に大学教員にジョブチェンジをすることに決めました。それも経営学者であれば、いろいろなことに触れられます。企業のことを研究することが仕事ですし、多くの企業とも利害関係はありません。なので、比較的自由に行動もできます。そういう意味でもとても魅力的な仕事だと思いました。また、これからを担う若い人たちと触れ合える点も魅力的でありました。あと、自分の経営学の師匠の働く姿が単純に「かっこよく」、惹かれたというのも大きな理由です。

>>Vol.1では陰山先生のターニングポイントについてお聞きしました。理工学部から大手企業のシャープに就職し、35歳でジョブチェンジをした陰山先生は何故『できる人の共通点』を出版するに至ったのでしょうか。Vol.2では出版秘話についてお聞きします。

(聞き手:伊藤 秋廣 撮影:髙橋 明宏)

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